観終わったあと、外務省に思わず電話をしてしまった。
「その後のルワンダはどうなのですか?」と。
【 東ちづるさん|女優 】
もしそこにいたら………。
主人公のように私もまた理屈をつけ恥ずべき逃亡をしただろう。
【 有田芳生さん|ジャーナリスト】
勇気がある人がいなければ真実は伝えられない。
この映画をつくった人たちを讃えたい
【 猪瀬直樹さん|作家 】
憎しみゆえの行為なのか、そこに宗教は存在したのか、映画を見ながら実際に目撃しているような気持ちになった。J・ハート絶品!!
【 おすぎさん|映画評論家 】
良心で虐殺を止められるか?
痛ましい悲劇の実態を知ってよそでの再発を防がなくちゃ!
【 ピーター・バラカンさん|ブロードキャスター 】
この映画は、世界には国連の介入が必要な諸問題がまだあることを教えてくれる。
【 舛添要一さん|参議院自民党政策審議会長 】
「いざとなれば私だって正しいことをする、できるはず」、そんな甘い考えをこの映画にくだかれた。
【 町山広美さん |放送作家】
発展途上国に対するやさしさ、思いやりの無さが悲劇を生み深い根となって、人類の未来に暗い影を投げかける。その事に我々は気が付かなければならない。
【 みのもんたさん 】
ルワンダの悲劇はアフリカで起きた遠い事件ではない。
それは無関心だったぼくらの問題でもある。
【 柳下毅一郎さん|「ジェノサイドの丘」翻訳家】

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「何故逃げたの?」この言葉は本当に重い。
自分自身がマリーに突きつけられた言葉のようにさえ感じた。
映画を観ているだけの筈なのに・・・
自分自身があの極限状態に居合わせたら、どんな行動を取ったであろうか?
国連軍を非難することは簡単かもしれない。
でも最後までクリストファー神父みたいに正義ある行動がとれるかは自信ない。
ベルトン氏の体験や思いは、私達には計り知れないものがあるだろう。
しかしその思いがあってこその、この作品。
私達にこの作品を贈ってくださったことに深く感謝する。
題『SHOOTING DOG』を観てきました。まだ、あまり知られていない作品ですが、多くの人に観て得頂きたい作品です。1994年に起こったアフリカルワンダの虐殺をテーマにした映画ですので、人々が無残に殺されている場面も描かれています。・・・でもそれは、事実、ほんの12年前に地球上の裏側のアフリカにて実際に起こっていた事実なんです。
詳しい映画の情報を知りたい方は、下記のサイトを見てください。
http://www.r-namida.jp/index.html
この映画の中でイギリスから技術学校の教師として海外協力を志願した青年ジョーが描かれているんですが、大好きな女性とマリーに普段からルワンダのために命をはって支援をしたいと話していた。
ところが、学校の平和は長く続かず、フチ族による襲撃におびえるツチ族の数千人が学校の敷地に逃げ込む事態を迎えた。鉈や銃を携えて、飢えた狼のように学校周辺を包囲されてしまうことになる。今や、絶体絶命の砦の中で、何時フチ族の襲撃がされるのか?不安な何日かを送る。
そんな中、取材のために派遣されていた女性報道記者レイチェルが、ジョーに話す。「コソボ紛争を取材したときは、白人の女性が死んでいる姿を見て自分の母親を想像し涙が止まらなかった。・・・しかし、今回、アフリカという土地に来て、こんなにも多くの黒人たちが虐殺されている様を見て、なぜか涙が出ない自分を知った。・・・何故、涙することが出来ないのか?それは分からないが、人間と言うものは、肌の色や宗教・人種などがちがえばこうも冷静になれるものなのか・・・
このように話していたのが印象深い。
人間の死というものに対して、それも虐殺と言うことに対して私たちがあまりにも無感覚になってはいないのか?
ジョーは、それを聞きながら震えていた。
あまりにも衝撃的な人間の虐殺を目の当たりにして、どうすることも出来ずに恐怖を抱いている若者がそこに居たのです。
ジョーと同じように、映画を観ている私たちも、ただ呆然と、繰り広げられる虐殺の場面を自分の眼で観る事しかできない。
・・・しかし、こうした事実をまだ知らない人たちが世界に沢山居る。
わずか100日足らずで、80万人以上の人たちが虐殺されていったことが、1994年に起こっているのです。
上述した話に戻せば、取り囲まれた学校から、結局ベルギー軍とジョー達が脱出し、残されたツチ族2500人あまりが、取り囲んでいたフツ族の暴徒に虐殺されたと言うことです。・・・之は、文字通り国連軍が2500人の人達を見捨てて逃げ去ったと言う事実があるのです。こんなことが許されて良いのでしょうか?
何故、当時の国連軍は、最後まで避難していた人々を守ることが出来なかったのか?この問題は、その後大きな国連のテーマとして突きつけられた事件でした。
単に、部族間の争いを監視し、間に入って見ているだけなら何の意味もない。
フツ族の暴行が明らかならば、暴徒を厳しく取り締まることが必要なはずです。
しかし、当時の国連軍は、何もせず、ただ監視だけを任務としていたから、人々を助けるためのどんな積極的な役割も果たさなかったのです。
勿論、当時のルワンダ国内が、まったくの無政府状態と化しており、部族間の抗争が家族や親族をも引き裂くような事態に発展していたということです。
国連軍が銃を撃とうとしたのは、唯一犬に向かってだけです。殺されたツチ族の死体を犬が食い散らかそうとしているのを観て、疫病が蔓延するかもしれないと心配して撃ち殺すことを提案したのです。
そこで、学校長のクリストファー神父は、「SHOOTING DOG?」と司令官に問いただします。・・・犬はあなた方に発砲したんですか?国連軍の方針は、発砲して脅威を及ぼすものに対して、武器の使用を認めているんでしょう?と。
・・・結局、司令官は、犬の銃撃を実行できなくなる。
しかし、その後、結局は部隊はルワンダ人を学校に残したまま立ち去ることになる。危険な状況になったので、国連軍を撤退させようと言うことです。
その後国連軍が行ったことは、トラックの前にしがみついて、部隊が脱出するのを阻止しようとする人達を空砲をぶっ放して脅しながら・・・自分たちだけ安全なところへと逃走したのです。
ある父親が司令官に申し出ていた。
あなた方がここから立ち去ることは止めようがない。
私たち大人は良いです。しかし、子供たちには何の罪もない。
出来るだけ苦しまずに死ねるために、子供たちを銃で殺してくれ。銃なら鉈で切り殺されるより、おそらく一瞬で死ねるはずだ。お願いだから、俺たちの子供を銃で撃ってから脱出してくれ!
勿論、この願いは司令官が受け入れるはずもなく、国連部隊は出て行ってしまう。
残された人々のうち、子供たち数人をトラックの荷台に詰め込み、シートを被せ、神父は決死の脱出を試みる。・・・うまく、フツ族の殺人部隊をすり抜けて逃れられたら・・・と言う願いを乗せて。
しかし、このトラックは、道路の途中でフツ族民兵たちにより静止される。
子供達をかばおうと神父は交渉するが、結局フツ族の青年に銃殺されてしまう。そして、かろうじて子供たちは荷台から逃げ出すことが出来た。・・・
この映画のことを話そうとすれば、多くのテーマがわたし達に突きつけられていることが判る。
今ここで述べたいことは、いかに国連軍が、2500人の住民たちをみすみす虐殺者たちの手に放置したのか?その責任を追求することにあるのだろうか?
確かに、あの場に居るものが何が出来たのか?判らない。
命を守れないのなら、わざわざ監視団として遠いルワンダの地に軍隊が派遣される意味がどこにあるのでしょうか?
今まさに行われている暴力に対して、そんなにも無力な国連軍なら何のための役割なのか?人々が殺されるのをただ見て監視するのなら、それは、人道的な救済も出来ない「でくの坊の軍隊」です。
いじめ問題で悩む日本の親たち、子供たちがぜひこの映画を鑑賞し、人間の本来的な平和とは何か?愛とは何か?を学んで欲しいと思う。
昨日、福岡で見てきました。映像が生々しく、ルワンダに入国した当時の事とを思い出しました。内戦後から現在までルワンダとかかわりを持ってきました。自分があの場所にいたら、どういう選択をしただろうか・・・また、これから、どのようにこの国とかかわりを持ち、何が出来るかと考えさせられました。ぜひ、多くの方、特に青年に見て欲しいと思います。
国際援助の現実と限界、西洋的な慈善意識や宗教観を絡めつつ、極限的状況に直面した人々の物語。非常に深い映画だったと思う。青年海外協力隊員としてケニアで2年間生活した私には、主人公の気持ちを経験に基づいた上で共感することができた。また、ケニア人の目線で生活していた私でも、情景描写や人々の仕草は違和感なく受け入れることができた。この映画が伝えようとしていることは、憐憫や哀れみではないということを私は感じる。究極的な状況の中でも人々は幸せを感じることができること。どんなに困難な状況でも、必死に、真っ直ぐに生きる人はいるということ。どんな不幸を経験しても、そこから人々は這い上がり、普通の、そして幸福な生活を取り戻すことができる。人間には、そんなに素晴らしい力があるということ。コナーはイギリスに戻ったが、そのコナーをマリーは許す。そう、人間には他者を許容する力があるということ。
そして何より、最もこの映画が描きたかったことは、この映画の原題「Shooting dog」に込められている。UNに代表される国際社会がこの大量虐殺を黙視したのは、結局(我々日本人も含まれる)国際社会がルワンダというアフリカの最貧国で生きる人々を所詮「Dog」としか認識していないことを暗喩している。人種差別とは、本当に残酷なものだ。人間のCharacterを無視し、外見や肌の色だけでその人を拒絶することだ。人種差別は、されて初めてその残酷さが分かる。そもそも、ルワンダ内戦の根本的原因はフツ族とツチ族の人種差別だ。翻って、我々も人種差別をしていないといえるだろうか? 我々も、肌の色や国籍で人を判断していないだろうか? この映画が扱っている主題は、決して対岸の火事ではない。我々日本人も正面から熟考すべきことなのだと思う。
「何も感じなくなればいいのに・・」そう言ったジョーの言葉に涙がこぼれました。国連軍に「せめて子供達だけでも銃殺してくれ」と頼んだマリーの父親の言葉に、「この愛を失ったらもう二度と見つけられなくなる」と言ったクリストファー神父の言葉に・・。民族と宗教の争いは長い歴史の中で繰り返されてきた不毛の戦いです。当事者達でなければ理解できない歴史的、思想的積み重ねの上に起こる戦いです。ルワンダのジェノサイドでは確かに国連介入によって被害は格段に違ったと思いますが、他国や他者の介入を正しく行う事の難しさも感じました。何もしない罪は確かに重いものですが、その場に居合わせたジョーのような善意の人々の「見捨てて逃げてしまった」という苦しみもはかり知れないものだと感じました。ただ、欧米の利益中心に考えられる国連の動向には心底うんざりします。
何もできなくても「知る」ことは大切。そして人間とはなんと弱くそれでいて強いと感じました。
目の奥に、ずっと恐怖が残っています。上映中、ただ怖くて動きを止めていることしか出来ませんでした。1994年にはわたしは生まれていたのに、何が起こっていたのか知らなかった。明日にもわたしの隣で繰り返されるかもしれない事件ですが、それを防ぐために何が出来るか。一人でも多くの方が世界中で鑑賞されることを願います。
目をむけず、必死にむきあって見ていました。
自分だったらどうするか??
目の前の人を守れる力が欲しいと強く願いました。
願わくば、日本中の劇場で公開され、より多くの人達がみることを祈ってます☆
泣きすぎた。そんで、途中震えてた。
“感動した”って言葉じゃない。 ただ、悲しくて…苦しかった…。
“笑い”とか“感動”とかじゃない、“事実”。
考えなきゃいけないコト。 受け止めなきゃいけないコト。
「私ゎ、ここに来る前にボスニアにいたの。
そこで、白人女性の死体を見ると、“これが自分の母親だったら”と思い涙が出たゎ。
でもね、ここで、どんな死体を見ても、それゎただのアフリカ人の死体なのよ。涙も出ないゎ。」
というBBC女性記者の言葉が忘れられない。
そして、最後のマリ-がジョ-に言った言葉・・・
「なぜ、あの時、逃げたの?」
全ての人に向けられた言葉だと思った。
最高!!
この映画には、民族、人種など現在も解決することのできないさまざまな問題が映し出されていました。普段、日本人はこのような問題にかかわることは少ないと思います。だからといって、ひとごとのように、この映画を見ないでほしいと思いました。
今日、私はこの映画を見て、今、私に何ができるのか改めて考えるきっかけになりました。
とにかく多くの人に見てほしいです。
そして、国際協力のあり方を見直すべきだと思います。
エンドロールの最後に出てきた、生存者の方々の笑顔。
あんなに地獄のような体験をしたにも関わらず、
平和な世界に戻れば、あんなに素敵な顔で再び笑えるんだと思いました。
惨いシーンもあるけど、
この現実に起きた出来事から眼をそらさずに見てほしい。
もう1度見に行きます。
先日、鑑賞させていただきました。
エンドロールの最中、感情ではない何かが働き、ぽかーんとしてしまいました。
事件はまだまだ最近の話。
世界中が見て見ぬふりをした傍観者。
いじめをとめないクラスメートとなんら変わりない。
この映画によって、人生の経験が浅い自分でも、発展途上の国々のことはもちろん、生きていくうえで大切なことを、考えるきっかけを頂きました。
何かを大きく変えることは出来ないけれど、この現実を知らなかった自分がいたことを、知人に話しております。
すごく興味があります。私の町でも上映されるのかな。
見たい!そして見てほしい!
多くの人がこの現状を知って、考えて、発現すべき!
高校生試写時の感想
この映画で本当に私たちは幸せなんだなと思いました。「犠牲は最大の愛」この言葉は私たちの心に深くしみ込みました。本当に泣けました!
【 16歳女子高校生 】
世界全体が平和になるには、まだまだ遠いこと、それに貢献できることを日々考えて生きるべきだとひどく痛感させられました。
【 17歳女子高校生 】
こんなことが実際に起こっていることを知って、とても怖かったです。命の大切さを知りました。
【 14歳女子中学生 】
世界全体が平和になるには、まだまだ遠いこと、それに貢献できることを日々考えて生きるべきだとひどく痛感させられました。
【 17歳女子高校生 】
私たちに限らず、政府も国連の人々も見て、世界の現状として見てほしい。
【 17歳女子高校生 】
今、私たちの中には、この映画のような体験がなかったので、とても悲しかったです。もちろん、このような体験は2度と起きて欲しくないと思いました。
【 16歳女子高校生 】
すごい複雑な気持ちになったけど、自分なりに色々と伝わる映画でした。簡単に言えないけど、命の大切さとか、普段の生活から考え直したいと思いました。
【 17歳女子高校生 】
こんな紛争なくなればいい!!みんなで協力して絶対なくしたい。
【 15歳男子高校生 】

ホテル・ルワンダ~勇気・愛、涙・祈り
巷で話題になっていた映画「ホテル・ルワンダ」をようやく見に行ったので感想を。すごかった。この映画は、ルワンダで実際におこった「フツ人によるツチ人大量虐殺」... [続きはこちら]
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】に続き【ルワンダの涙
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1994年に起きたルワンダ内紛映画。
朝方に大泣き。
一人でも多くの方に観て... [続きはこちら]
【 美味しゅうございました。|2007年01月29日 17:58 】
『ルワンダの涙』 試写会鑑賞
(C) BBC , UK Film Council and Egoli Tossell 2005
ルワンダの首都・キガリ。イギリス人のジョーは... [続きはこちら]
【 映画な日々。読書な日々。|2007年01月30日 23:56 】
ルワンダの涙
「ルワンダの涙」が1月27日から公開された。このオフィシャルサイトを見て頂ければ、公開予定の映画館や、内容、製作過程などがよく解るので見て頂きたい。
... [続きはこちら]
【 アフリカ通信blog:アフリカ情報|2007年02月03日 15:32 】
『ルワンダの涙』
1999年のコソボ紛争を契機に、2005年に国連首脳会合成果文書において、国連の「保護する責任」が認められた。これは、自国民保護はすべての国家が責任を負う... [続きはこちら]
【 Chaka's Room|2007年02月04日 00:17 】
拝見後意見 :『ルワンダの涙』
◇初めての方は、一応御覧になって下さい。 ↓以下、3点が主な内容です。 >>最 [続きはこちら]
【 初心者、入門者向け音楽講座・音初め講座|2007年02月08日 16:58 】
ルワンダの涙
映画『ルワンダの涙』 原題『SHOOTING DOG』 『SHOOTING DOG』は 死んだ人間に群がる犬を撃ち殺してもいいか?神父にたずねた国連部... [続きはこちら]
【 楽チンblog 2007|2007年02月16日 10:19 】
平和と生命の尊さを実感する映画
当時BBCの報道記者であったデヴィット・ベルトンがルワンダで体験したことや、ルワンダで目にしてきた風景が元となって映画に映し出されています。情けないことに... [続きはこちら]
【 足跡は歩いた証。タンコブは挑戦した証。|2007年05月04日 13:33 】
映画「ルワンダの涙」が問いかける「あなたならどうする?」
1994年4月アフリカルワンダ共和国で起きた100日に100万人を虐殺したという [続きはこちら]
【 ともだちの友達はともだちだ!|2007年06月25日 01:19 】
「何故逃げたの?」この言葉は本当に重い。
自分自身がマリーに突きつけられた言葉のようにさえ感じた。
映画を観ているだけの筈なのに・・・
自分自身があの極限状態に居合わせたら、どんな行動を取ったであろうか?
国連軍を非難することは簡単かもしれない。
でも最後までクリストファー神父みたいに正義ある行動がとれるかは自信ない。
ベルトン氏の体験や思いは、私達には計り知れないものがあるだろう。
しかしその思いがあってこその、この作品。
私達にこの作品を贈ってくださったことに深く感謝する。
【 Rivela |2007年05月16日 00:56 】
題『SHOOTING DOG』を観てきました。まだ、あまり知られていない作品ですが、多くの人に観て得頂きたい作品です。1994年に起こったアフリカルワンダの虐殺をテーマにした映画ですので、人々が無残に殺されている場面も描かれています。・・・でもそれは、事実、ほんの12年前に地球上の裏側のアフリカにて実際に起こっていた事実なんです。
詳しい映画の情報を知りたい方は、下記のサイトを見てください。
http://www.r-namida.jp/index.html
この映画の中でイギリスから技術学校の教師として海外協力を志願した青年ジョーが描かれているんですが、大好きな女性とマリーに普段からルワンダのために命をはって支援をしたいと話していた。
ところが、学校の平和は長く続かず、フチ族による襲撃におびえるツチ族の数千人が学校の敷地に逃げ込む事態を迎えた。鉈や銃を携えて、飢えた狼のように学校周辺を包囲されてしまうことになる。今や、絶体絶命の砦の中で、何時フチ族の襲撃がされるのか?不安な何日かを送る。
そんな中、取材のために派遣されていた女性報道記者レイチェルが、ジョーに話す。「コソボ紛争を取材したときは、白人の女性が死んでいる姿を見て自分の母親を想像し涙が止まらなかった。・・・しかし、今回、アフリカという土地に来て、こんなにも多くの黒人たちが虐殺されている様を見て、なぜか涙が出ない自分を知った。・・・何故、涙することが出来ないのか?それは分からないが、人間と言うものは、肌の色や宗教・人種などがちがえばこうも冷静になれるものなのか・・・
このように話していたのが印象深い。
人間の死というものに対して、それも虐殺と言うことに対して私たちがあまりにも無感覚になってはいないのか?
ジョーは、それを聞きながら震えていた。
あまりにも衝撃的な人間の虐殺を目の当たりにして、どうすることも出来ずに恐怖を抱いている若者がそこに居たのです。
ジョーと同じように、映画を観ている私たちも、ただ呆然と、繰り広げられる虐殺の場面を自分の眼で観る事しかできない。
・・・しかし、こうした事実をまだ知らない人たちが世界に沢山居る。
わずか100日足らずで、80万人以上の人たちが虐殺されていったことが、1994年に起こっているのです。
上述した話に戻せば、取り囲まれた学校から、結局ベルギー軍とジョー達が脱出し、残されたツチ族2500人あまりが、取り囲んでいたフツ族の暴徒に虐殺されたと言うことです。・・・之は、文字通り国連軍が2500人の人達を見捨てて逃げ去ったと言う事実があるのです。こんなことが許されて良いのでしょうか?
何故、当時の国連軍は、最後まで避難していた人々を守ることが出来なかったのか?この問題は、その後大きな国連のテーマとして突きつけられた事件でした。
単に、部族間の争いを監視し、間に入って見ているだけなら何の意味もない。
フツ族の暴行が明らかならば、暴徒を厳しく取り締まることが必要なはずです。
しかし、当時の国連軍は、何もせず、ただ監視だけを任務としていたから、人々を助けるためのどんな積極的な役割も果たさなかったのです。
勿論、当時のルワンダ国内が、まったくの無政府状態と化しており、部族間の抗争が家族や親族をも引き裂くような事態に発展していたということです。
国連軍が銃を撃とうとしたのは、唯一犬に向かってだけです。殺されたツチ族の死体を犬が食い散らかそうとしているのを観て、疫病が蔓延するかもしれないと心配して撃ち殺すことを提案したのです。
そこで、学校長のクリストファー神父は、「SHOOTING DOG?」と司令官に問いただします。・・・犬はあなた方に発砲したんですか?国連軍の方針は、発砲して脅威を及ぼすものに対して、武器の使用を認めているんでしょう?と。
・・・結局、司令官は、犬の銃撃を実行できなくなる。
しかし、その後、結局は部隊はルワンダ人を学校に残したまま立ち去ることになる。危険な状況になったので、国連軍を撤退させようと言うことです。
その後国連軍が行ったことは、トラックの前にしがみついて、部隊が脱出するのを阻止しようとする人達を空砲をぶっ放して脅しながら・・・自分たちだけ安全なところへと逃走したのです。
ある父親が司令官に申し出ていた。
あなた方がここから立ち去ることは止めようがない。
私たち大人は良いです。しかし、子供たちには何の罪もない。
出来るだけ苦しまずに死ねるために、子供たちを銃で殺してくれ。銃なら鉈で切り殺されるより、おそらく一瞬で死ねるはずだ。お願いだから、俺たちの子供を銃で撃ってから脱出してくれ!
勿論、この願いは司令官が受け入れるはずもなく、国連部隊は出て行ってしまう。
残された人々のうち、子供たち数人をトラックの荷台に詰め込み、シートを被せ、神父は決死の脱出を試みる。・・・うまく、フツ族の殺人部隊をすり抜けて逃れられたら・・・と言う願いを乗せて。
しかし、このトラックは、道路の途中でフツ族民兵たちにより静止される。
子供達をかばおうと神父は交渉するが、結局フツ族の青年に銃殺されてしまう。そして、かろうじて子供たちは荷台から逃げ出すことが出来た。・・・
この映画のことを話そうとすれば、多くのテーマがわたし達に突きつけられていることが判る。
今ここで述べたいことは、いかに国連軍が、2500人の住民たちをみすみす虐殺者たちの手に放置したのか?その責任を追求することにあるのだろうか?
確かに、あの場に居るものが何が出来たのか?判らない。
命を守れないのなら、わざわざ監視団として遠いルワンダの地に軍隊が派遣される意味がどこにあるのでしょうか?
今まさに行われている暴力に対して、そんなにも無力な国連軍なら何のための役割なのか?人々が殺されるのをただ見て監視するのなら、それは、人道的な救済も出来ない「でくの坊の軍隊」です。
いじめ問題で悩む日本の親たち、子供たちがぜひこの映画を鑑賞し、人間の本来的な平和とは何か?愛とは何か?を学んで欲しいと思う。
【 tomoniikiruz |2007年03月04日 20:30 】
昨日、福岡で見てきました。映像が生々しく、ルワンダに入国した当時の事とを思い出しました。内戦後から現在までルワンダとかかわりを持ってきました。自分があの場所にいたら、どういう選択をしただろうか・・・また、これから、どのようにこの国とかかわりを持ち、何が出来るかと考えさせられました。ぜひ、多くの方、特に青年に見て欲しいと思います。
【 坂口雅美 |2007年03月03日 14:00 】
国際援助の現実と限界、西洋的な慈善意識や宗教観を絡めつつ、極限的状況に直面した人々の物語。非常に深い映画だったと思う。青年海外協力隊員としてケニアで2年間生活した私には、主人公の気持ちを経験に基づいた上で共感することができた。また、ケニア人の目線で生活していた私でも、情景描写や人々の仕草は違和感なく受け入れることができた。この映画が伝えようとしていることは、憐憫や哀れみではないということを私は感じる。究極的な状況の中でも人々は幸せを感じることができること。どんなに困難な状況でも、必死に、真っ直ぐに生きる人はいるということ。どんな不幸を経験しても、そこから人々は這い上がり、普通の、そして幸福な生活を取り戻すことができる。人間には、そんなに素晴らしい力があるということ。コナーはイギリスに戻ったが、そのコナーをマリーは許す。そう、人間には他者を許容する力があるということ。
そして何より、最もこの映画が描きたかったことは、この映画の原題「Shooting dog」に込められている。UNに代表される国際社会がこの大量虐殺を黙視したのは、結局(我々日本人も含まれる)国際社会がルワンダというアフリカの最貧国で生きる人々を所詮「Dog」としか認識していないことを暗喩している。人種差別とは、本当に残酷なものだ。人間のCharacterを無視し、外見や肌の色だけでその人を拒絶することだ。人種差別は、されて初めてその残酷さが分かる。そもそも、ルワンダ内戦の根本的原因はフツ族とツチ族の人種差別だ。翻って、我々も人種差別をしていないといえるだろうか? 我々も、肌の色や国籍で人を判断していないだろうか? この映画が扱っている主題は、決して対岸の火事ではない。我々日本人も正面から熟考すべきことなのだと思う。
【 Katana |2007年03月02日 16:08 】
「何も感じなくなればいいのに・・」そう言ったジョーの言葉に涙がこぼれました。国連軍に「せめて子供達だけでも銃殺してくれ」と頼んだマリーの父親の言葉に、「この愛を失ったらもう二度と見つけられなくなる」と言ったクリストファー神父の言葉に・・。民族と宗教の争いは長い歴史の中で繰り返されてきた不毛の戦いです。当事者達でなければ理解できない歴史的、思想的積み重ねの上に起こる戦いです。ルワンダのジェノサイドでは確かに国連介入によって被害は格段に違ったと思いますが、他国や他者の介入を正しく行う事の難しさも感じました。何もしない罪は確かに重いものですが、その場に居合わせたジョーのような善意の人々の「見捨てて逃げてしまった」という苦しみもはかり知れないものだと感じました。ただ、欧米の利益中心に考えられる国連の動向には心底うんざりします。
何もできなくても「知る」ことは大切。そして人間とはなんと弱くそれでいて強いと感じました。
【 Naru |2007年03月01日 18:03 】
目の奥に、ずっと恐怖が残っています。上映中、ただ怖くて動きを止めていることしか出来ませんでした。1994年にはわたしは生まれていたのに、何が起こっていたのか知らなかった。明日にもわたしの隣で繰り返されるかもしれない事件ですが、それを防ぐために何が出来るか。一人でも多くの方が世界中で鑑賞されることを願います。
【 217 |2007年02月25日 15:02 】
目をむけず、必死にむきあって見ていました。
自分だったらどうするか??
目の前の人を守れる力が欲しいと強く願いました。
願わくば、日本中の劇場で公開され、より多くの人達がみることを祈ってます☆
【 Yuichi |2007年02月11日 02:27 】
泣きすぎた。そんで、途中震えてた。
“感動した”って言葉じゃない。 ただ、悲しくて…苦しかった…。
“笑い”とか“感動”とかじゃない、“事実”。
考えなきゃいけないコト。 受け止めなきゃいけないコト。
「私ゎ、ここに来る前にボスニアにいたの。
そこで、白人女性の死体を見ると、“これが自分の母親だったら”と思い涙が出たゎ。
でもね、ここで、どんな死体を見ても、それゎただのアフリカ人の死体なのよ。涙も出ないゎ。」
というBBC女性記者の言葉が忘れられない。
そして、最後のマリ-がジョ-に言った言葉・・・
「なぜ、あの時、逃げたの?」
全ての人に向けられた言葉だと思った。
最高!!
【 eminem |2007年02月08日 00:36 】
この映画には、民族、人種など現在も解決することのできないさまざまな問題が映し出されていました。普段、日本人はこのような問題にかかわることは少ないと思います。だからといって、ひとごとのように、この映画を見ないでほしいと思いました。
今日、私はこの映画を見て、今、私に何ができるのか改めて考えるきっかけになりました。
とにかく多くの人に見てほしいです。
そして、国際協力のあり方を見直すべきだと思います。
【 tomo |2007年01月31日 22:27 】
エンドロールの最後に出てきた、生存者の方々の笑顔。
あんなに地獄のような体験をしたにも関わらず、
平和な世界に戻れば、あんなに素敵な顔で再び笑えるんだと思いました。
惨いシーンもあるけど、
この現実に起きた出来事から眼をそらさずに見てほしい。
もう1度見に行きます。
【 kazuhiro |2007年01月31日 21:40 】
映画「ルワンダの涙」が問いかける「あなたならどうする?」
1994年4月アフリカルワンダ共和国で起きた100日に100万人を虐殺したという [続きはこちら]
【 ともだちの友達はともだちだ!|2007年06月25日 01:19 】
平和と生命の尊さを実感する映画
当時BBCの報道記者であったデヴィット・ベルトンがルワンダで体験したことや、ルワンダで目にしてきた風景が元となって映画に映し出されています。情けないことに... [続きはこちら]
【 足跡は歩いた証。タンコブは挑戦した証。|2007年05月04日 13:33 】
ルワンダの涙
映画『ルワンダの涙』 原題『SHOOTING DOG』 『SHOOTING DOG』は 死んだ人間に群がる犬を撃ち殺してもいいか?神父にたずねた国連部... [続きはこちら]
【 楽チンblog 2007|2007年02月16日 10:19 】
拝見後意見 :『ルワンダの涙』
◇初めての方は、一応御覧になって下さい。 ↓以下、3点が主な内容です。 >>最 [続きはこちら]
【 初心者、入門者向け音楽講座・音初め講座|2007年02月08日 16:58 】
『ルワンダの涙』
1999年のコソボ紛争を契機に、2005年に国連首脳会合成果文書において、国連の「保護する責任」が認められた。これは、自国民保護はすべての国家が責任を負う... [続きはこちら]
【 Chaka's Room|2007年02月04日 00:17 】